【寿司屋の中心で愛を叫ぶ】

奈良に越して来て数ヶ月・・・

一人暮らしの俺にとって外食は命をつなぐ為の手段にすぎない

一人で入る飲食店。一人居酒屋、一人ラーメン屋、一人定食屋、もはやライフワークと言っても過言ではない、最近では一人焼き肉、一人ビアガーデンなんてのもそつなくこなす43歳

そんな俺にも、一人で入るのが憚られる場所がある

そう

寿司屋だ

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寿司屋のカウンターというのは、いわば神聖なる場所だ。

俺のような一見客がひとりでカウンターに陣取るなんてのは本望ではない。

本来ならば、

友人や恋人と店に数回足を運び、店の小上がりを利用していくうちに、店の大将から声がかかって、スッとカウンターに通されるというのが『粋』というものだ

だが

俺は生憎そんな気の利いた連れあいを持ち合わせてはいない

そして、寿司を食いたい欲望をそんな小さな常識の枠にはめられるほど、俺はお人好しじゃない

カウンターに陣取る

まるで尖ったナイフのように・・・

独り身の辛いところではある

カウンターに着いたからには、そこからは俺と大将の真剣勝負

もちろん注文は『おまかせ』

寿司というものは大将が寿司下駄に置いた瞬間が一番旨い

その瞬間を逃してはいけない

寿司が置かれたそばから食う

ただそれだけだ

俺があっという間に平らげれば、大将も負けじと次のネタを繰り出す

そう、戦いはもう始まっている

食うか食われるか、一瞬たりとも気を抜けない戦いが・・・

まずは序盤のせめぎあい

俺の食すスピードに戸惑いつつも大将の握りは加速する

フッ、もうフルスロットルってわけか・・・

なかなか良い加速だ

大将の看板は伊達じゃない

だが相手が悪い

残念だったな大将、、俺はスピード勝負で負けを知らないんだ

均衡が崩れない中盤戦

奴はスピード勝負では分が悪いと踏んだのか、握りに緩急をつけタイミングをずらしてきやがった

やるな大将、そう来なくっちゃ

パーティーはこれからだぜっ

タイミングのずれに一瞬ひるむが、

そこは百戦錬磨の43歳、その程度では俺に指一本触れることすらできない

俺は体勢を立て直し、何もなかったかのように食いすすむ

『脇をしめ、やや内角を狙いえぐり込むように食うべし。』

どんな状況でも俺はこの基本を忘れたことがない

そして、戦いも終盤

相変わらず攻撃の手をゆるめない大将

俺の胃袋も悲鳴をあげている

もう限界だ

残念だが勝負はみえている

俺の負けだ

戦う相手を間違えてたのはどうやら俺の方だったようだ・・・

大将、、なんだその慈愛に満ちた眼差しは、、 

勝ちを確信しているのか?

無様な俺を憐れんでいるのか?

大将、こうなることを最初からわかっていたというのか?

大将、あなたはか弱き大人の代弁者なのか?

この勝負、 俺の完敗

でもな、大将、、俺は後悔はしていない

俺もあんたも全力を出し切ったんだからな、、そうだろ大将、な、そうだと言ってくれ、、

相変わらず慈愛の眼差しを俺に向ける大将

カウンターを挟んだ俺と大将の間には、

心なしか『友情』という名の清涼な風が流れた気がした

〈FIN〉

まぁ、腹一杯食ったことだし、、

妄想するのもこれくらいにするか

次こそは回転しない寿司屋に、、心で叫びじっと手を見る

奈良の夜風が今日も身にしみる

奈良県 43歳 男性 薬剤師

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